突撃!いきなり教育談義

本日の教育談義プロフィール

坪田 秀子
早稲田大学仏文学科卒。東京大学大学院修士。仏語教師、通訳を経て1980年からフランスに滞在。 仏大手デザイン会社カレ・ノアールで日本担当ディレクターとして企業のイメージ戦略に従事。 1990年帰国。コミュニケーション科学研究所を経て、1996年日本ロレアル創立と共に、 コーポレート・コミュニケーション部長として入社。 2005年日本女性初の取締役副社長に就任。 2009年6月まで企業広報、危機管理コミュニケーション、CSRなどを統括。 現在は、お茶の水女子大学 学長特命補佐を務める。

第1回 坪田秀子 「ケセラセラに生きる」2010年10月22日

本日のお相手は、お茶の水女子大学で学長特命補佐をされている、坪田秀子さん。
フランス留学、仏外資系企業副社長から、大学へ。

非の打ちどころのない人生。
「スーパーウーマン?計算した人生?」
いいえ、違います。
坪田さんを支えるのは、「ケセラセラ(なるようになるさ)」という、とてもゆったりとした人生観だったのです…。
画一的な価値観に縛られない生き方。
そんな姿を中高生・保護者の方々にご紹介したく、本日はご登場いただきました。

ご来歴 / 姉妹で一番の負けず嫌い

清水 本日は、お茶の水女子大学学長特命補佐でいらっしゃる、坪田秀子さんのところへおじゃまして、いろいろとお話を伺ってみたいと思います。坪田さん、お忙しいなか本当にありがとうございます。本日はどうぞよろしくお願い致します。

坪田さん こちらこそ、よろしくお願い致します。

清水 さっそくですが、坪田さんのご出身はどちらでしょうか?

坪田さん 生まれは長野県ですが、東京の中野区で育ちました。

清水 学校はどちらに通われていましたか?

坪田さん 桜蔭学園という中高一貫の私立の女子校に、6年間通いました。私は4人姉妹の3番目で、父が良妻賢母の教育をしたいと、姉たちを目の届くように会社に近い私立の女子校へ通わせていたのですが、姉妹で私だけ桜蔭に入学しました。というのも、あるとき叔母が「桜蔭は入るのが難しい」と言ったのを聞いて、「難しいのなら入りたい!」とメラメラ燃えてしまったからなんです。

清水 すごいですね!いま流行りの肉食系女子ですね。

坪田さん 今はもう草食系になっていますけれども(笑)姉たちと同じ学校に、とみんなは考えていたんでしょうが、 その頃から私は「はみ出し者」という感じでしたね。小学校の先生からも「この学校から桜蔭に入るのは難しい」と言われたんです。ところが、そう言われると、ますます「じゃ、入ってやろうじゃないか」という気になって、勉強に火がついちゃったんですね。

清水 とても負けず嫌いだったのですね。

坪田さん だから、ずっと入りたいと思っていたわけではなくて、はずみで進学先を決めたんです。ところが、入学してみると、聞いていた通り、周りの子は皆とても優秀でした。

清水 なるほど、僕は兄の影響を受けましたね。小学生の頃はサッカー選手を目指していたんですが、毎日サッカー漬けで、プロJリーガーに指導してもらったりと本格的でした。ところが、兄が2人とも受験をして進学校に行ってしまったんです。だから、父親は僕をサッカー選手にしようとしていましたが、結局兄にくっついて受験勉強をしていましたね。

家庭教育への感謝

清水 坪田さんは塾には通われていたのでしょうか?

坪田さん 少し通いましたが、小学3・4年生の頃から家庭教師の先生に見ていただいていました。家庭教師の先生は父のつてでお願いしたのですが、後に、世界5大東洋学研究図書館のひとつである東洋文庫で研究員になられたり、最後には大学の学長も務められた優秀な方でした。

清水 そんな方と出会えたというのは恵まれていますね。その家庭教師の先生にどんなことを教わりましたか?

坪田さん 通常の学校の勉強の他に、中学に入ると、歴史学がご専門でしたので、中公新書の邪馬台国の卑弥呼についての本などに触れる機会を作ってくださいました。また、世界で起こっている戦争などの出来事についても詳しく解説をしていただきました。あのような素晴らしい先生を招いて教育してくれた両親に本当に感謝しています。

清水 受験勉強というよりも、多様性に富んだ教養としての学習が多かったんですね。僕もまさにそういう経験をしました。僕の場合は、家庭教師というより長兄でした。3人兄弟の末っ子だったんですよ。おまけに一番上の兄は僕より7つも離れていて、次兄は2つ上でした。長兄は海城に、次兄は開成に通っていたということもあって、効果的な勉強法を教えてくれましたね。その他も、教養に始まり、「勉強のやり方」とか「計画の立て方」とか実践的なことも教えてくれ、それが今の仕事に役立っています。

身近なヒーローの存在

清水 先生から学んだことというのは、勉強以外にありましたか?というのも、僕は幼少期や学生時代に、「身近なヒーロー」にどれくらい会えるかが大切だと考えています。「ヒーロー」と言っても、TVに出ているスポーツ選手とかじゃなくていいんです。ちょっと年上のお兄ちゃん、お姉ちゃんで「あぁ、この人素敵だなぁ」って思えるくらいでいいと思うんです。ロールモデルとでも言いましょうか。そういう人達と接して、勉強以外のことも沢山学ぶのがポイントだと、最近強く感じているんですよね。

坪田さん そうですね、色々と学びました。とりわけ、「依頼心が強い子になってはいけない」と言われました。私は4人姉妹で甘やかされて育った部分もあるので、分からないことがあると自分で調べずにすぐに尋ねたりして先生を頼ってしまっていたんですが、そんなときに先生からバシッと「秀子ちゃんは依頼心が強いから直していこう」と注意されました。

清水 それは、意外ですね。まったくそんな風に見えないですよ(笑)

家庭教師というメンター

清水 その家庭教師の先生は、メンターのような存在でしたか?

坪田さん 幼い頃から見ていただいていたので、メンターのような存在だったと思います。親というのは素晴らしい存在ではありますが、教養があって、事あるごとに自分を励ましてくれる大人の人、つまりメンターは親とは別に絶対必要ですよね。そんなメンターのような人と週に一回でも、勉強以外のことも話したりできる機会があれば理想的ですよね。

清水 素晴らしいです。メンターのような存在は本当に大切だと思います。先生と保護者、そして子どもは「タテの関係」になりがちです。一方、生徒どうしは「ヨコの関係」。ちょっと年上のお兄ちゃん・お姉ちゃんは「ナナメの関係」になるわけで、そういう人がメンターになってくれると、子どもに声が届きやすくなるんですよね。僕は大学で「異年齢学級」を研究しているのですが、異年齢同士の学びは双方にプラスの教育効果を生み出すと考えています。これにも、同じ原理が働いています。

坪田さん 2番目の姉は3つ違いなので、家庭教師の先生には二人セットで勉強を見ていただいていました。姉の方がすべてに優秀だったので、私は多少劣等感がありましたが、お互いに負けまいという心意気が切磋琢磨に繋がったのだと思います。

清水 エリート教育ですね!まさしく異年齢学級だ(笑)

行き当たりバッチリ

清水 最近、「人生設計」とか「キャリアデザイン」とかいう言葉が流行っていますよね。ときどき、1年ごと、1ヵ月ごとに人生プランを決めている人もいる。僕はちょっとそれに疑問を持っております。だって未来のことなんてわからないじゃないですか。だから細かくキッチリ決めるというよりは、ぼんやりと正しいと思う未来像に向かって、漠然とそこに向かっていくような生き方の方が疲れないですし、フレキシブルでいいと思うんですよね。僕はそういう人生観を持っています。坪田さんはいかがですか?

坪田さん それは私の人生哲学そのものです。私の好きな言葉に「行き当たりバッチリ」というのがあります。実は私の造語ではなく、神戸大学の金井壽宏(かないとしひろ)先生の研究室の方が考案された言葉ですが。

清水 面白いですね!金井先生は、経営学がご専門ですよね。

坪田さん 今の世の中は予測不可能で先に何が起こるかわかりませんから、綿密に計画しても、あまり意味がないし、逆にそれにしばられて身動きがとれなくなる恐れもあるんじゃないかと思うんですよ。一方で、「行き当たりバッチリ」的生き方だと、練りに練ったプランを作る代わりに、積極的に行動し、自分を磨いていくうちに出会いがあって、思いもよらない可能性が拓けてきたりするんですよね。そんな運や偶然の重なりを引き寄せるserendipity(セレンディピティ)というものが大切なんじゃないかと思います。

清水 まさしくそうですね。漠然とした像があってそこに向かわれて向かっていくというのは一見簡単そうなんですけれども、その大体「こっちがいいなぁ」みたいなカンみたいなのって「美意識」や「美的センス」みたいなものだと思っているんですね。ちょっと漠然とした表現ですが、「何に憧れるか」とでも言いますか、その「美意識」や「美的センス」って、先ほど申し上げた「身近なヒーロー」から教わる気がするんです。たとえば、その人の何気ない発言に「かっこいいなぁ」とか思ったり、「こうなりたいなぁ」とか思ったりしますよね。その経験の繰り返しが身体に染みついて、「美意識」や「美的センス」になる、といった感じで。「環境」が教育に大きな影響を及ぼすと言いますが、培われるセンスと密接に関係しているから、「生き方」が大事になってくるんじゃないかなと思います。坪田さんの生き方は、とても素敵ですよね。

失敗から一転・フランス留学へ

清水 ところで、大学時代はいかがでしたか。

坪田さん 桜蔭から早稲田大学に行ったのですが、3年生になると学生紛争が始まりました。大学は封鎖されて授業もなく、気がついてみれば、社会へ出る時が来たっていう感じでしょうか。団塊の世代で、小さい時から競争に明け暮れていたせいか、自由な世界への憧れが強かったですね。私の中には就職という選択肢は全くなかったんです。そこで、語学を磨いてどこでも自由に生きていけるようにとフランスへ留学しました。嫌なことだけはハッキリしていたんです。そこから人生が変わっていくんですが。

清水 格好いい!「なんとかなる」という感覚がそうさせたのでしょうか。まさしくケセラセラ。ちなみにどうしてフランスだったんですか?

坪田さん それはね、1年生のときに第二外国語のフランス語を落としたんです。それで、大学の先生に個人教授の相談をすると、女性の大学院生を紹介してくださいました。このことがきっかけでフランス語をきちんと勉強し始めましたら、個人教授がやはり性に合うのか、興味が出てきてフランス語がかなり上達し、専攻まで仏文にしてしまいました。もしもフランス語を落としていなければフランスへは留学はしていなかったですし、世の中ってわからないもんですね。

清水 言い方が悪いかもしれませんが、ある意味で若干落ちこぼれたことがきっかけで今につながったわけですね。そこで大きな成長があったと考えると面白いですね。

組織の大切さ・フランスで学び

清水 ところで、「なんとかなるさ」という姿勢は元々あったものでしょうか?それとも、なんとかなってきた経験が積み重なって「なんとかなるさ」という考えになったんですか?

坪田さん 両方でしょうね。でも、自由気ままに生きてきたなかで、避けてきたことをしたことが大きな転機になったことも実はあるんですよ。大学を出てからはずっとフリーランス一筋でやっていたんですが、パリに住んでいた時に、ひょんなことから、フランスの大きなデザイン会社であるカレ・ノアールで働くことになり、日本のマーケットにデザインを売り込む仕事を任されることになりました。私はそれまで組織では自分が埋没してしまうんではないかと想い込み、組織に背を向けて生きてきていたんですが、個人主義を尊ぶフランスの組織の中で仕事をしているうちに、実際は逆で、「組織で大切なのは個人なんだ」、「個人が輝く組織こそ本物の組織だ」と気付かされ、はっと目が覚める思いをしました。それ以来、嫌だなと思っていることでも、やってみると道が拓けることがあると思っています。

清水 自分のやりたくないことの中に自分が変わるチャンスが隠れているものなのかもしれませんね。

坪田さん いまの学生さんを見ていると失敗や軋轢を恐れて自分を出せない人が多いという気がします。ところが、人と違うということは素晴らしい個性なんです。多様性・diversity(ダイヴァーシティ)こそ、これからのグローバルな時代に求められることです。一番よくないのは、国籍や性別、考え方や経歴が似た人ばかりが集まった組織じゃないでしょうか。真っ先につぶれます。私は30代の後半に組織で生きる「個」の力に気づきましたから、スロースターターでしたが、その後のキャリアが拓けたのではないかと思います。

組織の大切さ・フランスで学び

清水 スロースターターなどとおっしゃってますが、輝かしいご経歴ですよ(笑)

1996日本ロレアル株式会社入社(コーポレート・コミュニケーション部長)
2005取締役副社長 兼 コーポレート・コミュニケーション本部長
2009まで勤務

その後でお茶の水女子大に来られた理由とは何でしたか?

坪田さん 60歳の還暦を機に、「人生を変えたい。自分の経験を若い人に伝えたい」と思い、大学に勤めることを考えていたところに、お茶大からたまたまお話をいただきました。

清水 外資系企業のエグゼクティブから、まさかの高等教育への転身ですね。

坪田さん これもセレンディピティというか、幸福な偶然でしょうね。女子校出身でしたから女子大に違和感もなく、すっと溶け込めました。ところで、私の研究室に溢れかえっているグッズは、何だと思いますか?今、ちょうど、大学で新お茶大グッズを開発していて、そのプロモーションを、学生有志たちと行っている最中なんです。デザインは、カレ・ノアール時代に一緒だった伊藤さんというデザイナーが担当してくれ、シンプルでお洒落な大学グッズができました。しかも、ジョン・ウッドというアメリカ人が創った「Room to Read」(ルーム・トゥ・リード)という国際NGOの活動を支援する寄付つき製品も2点あり、途上国の女の子に教育の機会を提供する長期奨学金として役立ててもらいます。この分野では大学グッズとしては初の試みだと聞いています。

清水 そうですね。おそらく初めてだと思います。

坪田さん プロモーションを担当する学生たちは、「ステキなトートバッグを買って、途上国の女の子達を支援しましょう!」とキャンパスで叫んでいます(笑)

ギブアンドギブの姿勢を忘れないこと

清水 坪田さんにお会いしてからの印象って言うのは、「ギヴアンドテイク」というよりはどちらかというと「ギヴアンドギヴ」という献身的なイメージがあるのですがそれには何か理由がおありなんですか?

坪田さん 常々、「ギヴアンドギヴ」を心がけています。というのは、いろんな方からお世話になって今の社会人としての自分がいますよね。見返りを求めない投資が今なら出来るんです。学生の頃って感謝の念はあってもなかなか返せないですよね。

清水 なるほど!すみません、私も坪田さんに返せていません(笑)

坪田さん 「ギヴアンドテイク」や「win-win」という発想もわかりますが、見返りを求めずに情報や人脈を他人に提供することで出会いが広がる方が何倍も面白い。返ってこないことも勿論ありますけれど、結局は、ギヴアンドギヴな人が伸びてますよね。

清水 大学にいらっしゃって理想の教師像みたいなものはありますか?

坪田さん 学生を引っぱり、かつ経験知を与えられるメンター教師ですね。私にはギヴしかできないけれど、学生の成長そのものがある意味リターンであり、同時にテイクなんです。今回のお茶大グッズのPR活動ひとつをとってみても、学生たちは効果的なコミュニケーションの仕方を自主的に改善したりして、毎日成長していきます。そういう意味では私は沢山のものをもらっているんです。教えるってことはもらうこと、そして学ぶことだと思いませんか。

清水 素晴らしいお考えですね!私もそう思います。毎日のように子どもたちから僕もエネルギーをもらっています。

今の大学教育に思うこと

清水 大学経営へ転身されたわけですけれども、是非とも高等教育に対して、お考えを聴かせてください。

坪田さん 私は、大学生活が4年で終わることに意味があるとは思っていなくて、成長の場という意味では、もっと長くして様々な経験ができてもいいんじゃないかなと思っているんです。必ずしも入り口があって就職活動という出口がある4年の生活というより、2年間ふらっと外国を放浪して勉強に戻って来れるようなシステムにしたりする方がいいんじゃないかしら。コーチングの本間正人先生がおっしゃっているように、「最終学歴」という呼び方をやめて「最新学歴」としてもいいのではないでしょうか。

清水 本間正人先生とは先日、3人(本間・坪田・清水)でお会いしましたね。本間先生は「学習学」を提唱されていますよね。例えば坪田さんは、40歳をすぎてから東京大学大学院に入られて言語情報科学を学ばれたんですね。

坪田さん 44歳で大学院に進学しました。学ぶのに年齢はありません。学校を自由に出たり入ったりしながら、学歴を更新していく。そういう時代になってくるでしょうね。私も、学歴をリニューアルしたことで、ロレアルへの道が拓かれました。フレキシブルなシステムが多様性に富んだ人々を呼び込んで、学びの場に活力が生まれてくると良いですね。

出ない杭を打とう・個性を大事に


清水 これまで坪田さんは個性的な人生を歩まれてきたように思えます。はたから見て「カッコイイ」と思うわけですが、「個性」というものに対しては、どうお考えをお持ちでしょうか。坪田さんはすごく個性的な方ですよね。

坪田さん 若いときにフランスで暮らしたことが影響しているかもしれません。フランスでは、人と違う意見や視点を出すことが尊ばれます。いつも、「私もそう思います」では相手にされません。人と違う、ことはステキなことであって、若い人たちにはそれを個性として伸ばしていって欲しいですね。そして、教育の場でも「出る杭を育てる」、もっと言うと、「出ない杭は打とう」というようになっていくのが理想ですね。

清水 下から叩くんですよね。「出ろ出ろ」と。

坪田さん そうねえ、横からも叩きましょうか(笑)。伸びる方向は真っ直ぐでなくてもいいですね。そうでないと皆が同じになってしまうから。個性的であることで、開けてくる道もあります。また、感謝の気持ちを持っていればさらに道は開けてくると思いますよ。感謝とは、人の立場を思いやることですから、相手の心を動かすことができるんですね。

清水 つまり、根底に感謝さえあれば、周囲の人々の心が動き、思い描いた未来が拓けてくるわけですね。現代の教育学でも似たような話がありまして、流行のキーワードに「ケアリング」というものがあります。アメリカのネル・ノディングズという学者が提唱している言葉ですが、日本語で「ケア」と言ってもイメージが掴みにくい。東京大学教授の佐藤学先生は「心砕き」と解釈されているのですが、僕自身は「感謝」という言葉に置き換えてもいいと考えています。「感謝」が教育を変えるなんて、本当に素敵ですよね。

坪田さん思い出の品「カレ・ノワールのアルバム」

清水 それでは、ここからは特別コーナーになります。これから教育談義の「恒例」にしたいのですが、坪田さんにとってターニングポイントになった「思い出の品」を持って来て頂いています。このアルバムですね?

坪田さん そうです。昨晩、引き出しの中から探し出しました。(笑)カレ・ノアールを退社するときに仲間から贈られたアルバムです。会社にいたときは、フランス的な個人主義になかなか馴染めず、文化の違いではじめは辛い思いもしましたが、日本に帰る際には、素敵なガーデンパーティを開いてくれたんです。そのときに、苦しかったけれど仲間として認めてもらったのかなと思い、嬉しかったですね。この職場が私のキャリアの原点、ターニングポイントとなりました。

清水 ありがとうございます。どのイラストも大変素敵ですね!坪田さんとお話をしていると、いつも「もっと人生を大きく考えなきゃ!」と思います。「行き当たりバッチリ」の精神で、僕らも大きく羽ばたいていきたいです。本日はお忙しいなか、本当にありがとうございました。

坪田さん こちらこそ、ありがとうございました。

坪田さんの生き方

本日の感想

坪田さんの人生は、まさしく波乱万丈だったかもしれません。しかし、「ケセラセラ」や「行き当たりバッチリ」といった、大きな流れに身を任せる思想が坪田さんの中にはあると感じました。清らかな水の中を、「スーッ」と伸びて泳ぐイメージでしょうか。それでいて、しなやかで美しい。そういう意味で、「清くしなやかに美しく」という言葉を選びました。「あれしなきゃいけない」とか「こういう人生じゃなきゃいけない」とかに縛られずに、もっと直感的に、自由にのびのびと生きていきたいと思います。 そして、感謝の心も忘れずに。自分にそう言い聞かせたいです。

カレ・ノワールのアルバム

坪田さんがフランス滞在時に勤めていた大手デザイン会社カレ・ノアールを退社される前に、ガーデンパーティが開かれました。 その時に、ご同僚からプレゼントとして贈られたアルバムを、今回特別にお借りしてご紹介します。 このアルバムには、日本に帰られる坪田さんに向けて、心をこめて描かれたイラストが数多く収められています。

どれも素敵なイラストばかりです。是非ご覧下さい。

10月22日 御茶ノ水女子大学にて

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第1回 坪田秀子 「ケセラセラに生きる」

2010年10月22日

本日のお相手は、お茶の水女子大学で学長特命補佐をされている、坪田秀子さん。
フランス留学、仏外資系企業副社長から、大学へ。

非の打ちどころのない人生。
「スーパーウーマン?計算した人生?」
いいえ、違います。
坪田さんを支えるのは、「ケセラセラ(なるようになるさ)」という、
とてもゆったりとした人生観だったのです…。
画一的な価値観に縛られない生き方。
そんな姿を中高生・保護者の方々にご紹介したく、本日はご登場いただきました。

本日の教育談義プロフィール

坪田 秀子
早稲田大学仏文学科卒。東京大学大学院修士。仏語教師、通訳を経て1980年からフランスに滞在。 仏大手デザイン会社カレ・ノアールで日本担当ディレクターとして企業のイメージ戦略に従事。 1990年帰国。コミュニケーション科学研究所を経て、1996年日本ロレアル創立と共に、 コーポレート・コミュニケーション部長として入社。 2005年日本女性初の取締役副社長に就任。 2009年6月まで企業広報、危機管理コミュニケーション、CSRなどを統括。 現在は、お茶の水女子大学 学長特命補佐を務める。

ご来歴 / 姉妹で一番の負けず嫌い

清水 本日は、お茶の水女子大学学長特命補佐でいらっしゃる、坪田秀子さんのところへおじゃまして、いろいろとお話を伺ってみたいと思います。坪田さん、お忙しいなか本当にありがとうございます。本日はどうぞよろしくお願い致します。

坪田さん こちらこそ、よろしくお願い致します。

清水 さっそくですが、坪田さんのご出身はどちらでしょうか?

坪田さん 生まれは長野県ですが、東京の中野区で育ちました。

清水 学校はどちらに通われていましたか?

坪田さん 桜蔭学園という中高一貫の私立の女子校に、6年間通いました。私は4人姉妹の3番目で、父が良妻賢母の教育をしたいと、姉たちを目の届くように会社に近い私立の女子校へ通わせていたのですが、姉妹で私だけ桜蔭に入学しました。というのも、あるとき叔母が「桜蔭は入るのが難しい」と言ったのを聞いて、「難しいのなら入りたい!」とメラメラ燃えてしまったからなんです。

坪田さん 桜蔭学園という中高一貫の私立の女子校に、6年間通いました。私は4人姉妹の3番目で、父が良妻賢母の教育をしたいと、姉たちを目の届くように会社に近い私立の女子校へ通わせていたのですが、姉妹で私だけ桜蔭に入学しました。というのも、あるとき叔母が「桜蔭は入るのが難しい」と言ったのを聞いて、「難しいのなら入りたい!」とメラメラ燃えてしまったからなんです。

清水 すごいですね!いま流行りの肉食系女子ですね。

坪田さん 今はもう草食系になっていますけれども(笑)姉たちと同じ学校に、とみんなは考えていたんでしょうが、 その頃から私は「はみ出し者」という感じでしたね。小学校の先生からも「この学校から桜蔭に入るのは難しい」と言われたんです。ところが、そう言われると、ますます「じゃ、入ってやろうじゃないか」という気になって、勉強に火がついちゃったんですね。

清水 とても負けず嫌いだったのですね。

坪田さん だから、ずっと入りたいと思っていたわけではなくて、はずみで進学先を決めたんです。ところが、入学してみると、聞いていた通り、周りの子は皆とても優秀でした。

清水 なるほど、僕は兄の影響を受けましたね。小学生の頃はサッカー選手を目指していたんですが、毎日サッカー漬けで、プロJリーガーに指導してもらったりと本格的でした。ところが、兄が2人とも受験をして進学校に行ってしまったんです。だから、父親は僕をサッカー選手にしようとしていましたが、結局兄にくっついて受験勉強をしていましたね。

家庭教育への感謝

清水 坪田さんは塾には通われていたのでしょうか?

坪田さん 少し通いましたが、小学3・4年生の頃から家庭教師の先生に見ていただいていました。家庭教師の先生は父のつてでお願いしたのですが、後に、世界5大東洋学研究図書館のひとつである東洋文庫で研究員になられたり、最後には大学の学長も務められた優秀な方でした。

清水 そんな方と出会えたというのは恵まれていますね。その家庭教師の先生にどんなことを教わりましたか?

坪田さん 通常の学校の勉強の他に、中学に入ると、歴史学がご専門でしたので、中公新書の邪馬台国の卑弥呼についての本などに触れる機会を作ってくださいました。また、世界で起こっている戦争などの出来事についても詳しく解説をしていただきました。あのような素晴らしい先生を招いて教育してくれた両親に本当に感謝しています。

清水 受験勉強というよりも、多様性に富んだ教養としての学習が多かったんですね。僕もまさにそういう経験をしました。僕の場合は、家庭教師というより長兄でした。3人兄弟の末っ子だったんですよ。おまけに一番上の兄は僕より7つも離れていて、次兄は2つ上でした。長兄は海城に、次兄は開成に通っていたということもあって、効果的な勉強法を教えてくれましたね。その他も、教養に始まり、「勉強のやり方」とか「計画の立て方」とか実践的なことも教えてくれ、それが今の仕事に役立っています。

身近なヒーローの存在

清水 先生から学んだことというのは、勉強以外にありましたか?というのも、僕は幼少期や学生時代に、「身近なヒーロー」にどれくらい会えるかが大切だと考えています。「ヒーロー」と言っても、TVに出ているスポーツ選手とかじゃなくていいんです。ちょっと年上のお兄ちゃん、お姉ちゃんで「あぁ、この人素敵だなぁ」って思えるくらいでいいと思うんです。ロールモデルとでも言いましょうか。そういう人達と接して、勉強以外のことも沢山学ぶのがポイントだと、最近強く感じているんですよね。

坪田さん そうですね、色々と学びました。とりわけ、「依頼心が強い子になってはいけない」と言われました。私は4人姉妹で甘やかされて育った部分もあるので、分からないことがあると自分で調べずにすぐに尋ねたりして先生を頼ってしまっていたんですが、そんなときに先生からバシッと「秀子ちゃんは依頼心が強いから直していこう」と注意されました。

清水 それは、意外ですね。まったくそんな風に見えないですよ(笑)

家庭教師というメンター

清水 その家庭教師の先生は、メンターのような存在でしたか?

坪田さん 幼い頃から見ていただいていたので、メンターのような存在だったと思います。親というのは素晴らしい存在ではありますが、教養があって、事あるごとに自分を励ましてくれる大人の人、つまりメンターは親とは別に絶対必要ですよね。そんなメンターのような人と週に一回でも、勉強以外のことも話したりできる機会があれば理想的ですよね。

清水 素晴らしいです。メンターのような存在は本当に大切だと思います。先生と保護者、そして子どもは「タテの関係」になりがちです。一方、生徒どうしは「ヨコの関係」。ちょっと年上のお兄ちゃん・お姉ちゃんは「ナナメの関係」になるわけで、そういう人がメンターになってくれると、子どもに声が届きやすくなるんですよね。僕は大学で「異年齢学級」を研究しているのですが、異年齢同士の学びは双方にプラスの教育効果を生み出すと考えています。これにも、同じ原理が働いています。

坪田さん 2番目の姉は3つ違いなので、家庭教師の先生には二人セットで勉強を見ていただいていました。姉の方がすべてに優秀だったので、私は多少劣等感がありましたが、お互いに負けまいという心意気が切磋琢磨に繋がったのだと思います。

清水 エリート教育ですね!まさしく異年齢学級だ(笑)

行き当たりバッチリ

清水 最近、「人生設計」とか「キャリアデザイン」とかいう言葉が流行っていますよね。ときどき、1年ごと、1ヵ月ごとに人生プランを決めている人もいる。僕はちょっとそれに疑問を持っております。だって未来のことなんてわからないじゃないですか。だから細かくキッチリ決めるというよりは、ぼんやりと正しいと思う未来像に向かって、漠然とそこに向かっていくような生き方の方が疲れないですし、フレキシブルでいいと思うんですよね。僕はそういう人生観を持っています。坪田さんはいかがですか?

坪田さん それは私の人生哲学そのものです。私の好きな言葉に「行き当たりバッチリ」というのがあります。実は私の造語ではなく、神戸大学の金井壽宏(かないとしひろ)先生の研究室の方が考案された言葉ですが。

清水 面白いですね!金井先生は、経営学がご専門ですよね。

坪田さん 今の世の中は予測不可能で先に何が起こるかわかりませんから、綿密に計画しても、あまり意味がないし、逆にそれにしばられて身動きがとれなくなる恐れもあるんじゃないかと思うんですよ。一方で、「行き当たりバッチリ」的生き方だと、練りに練ったプランを作る代わりに、積極的に行動し、自分を磨いていくうちに出会いがあって、思いもよらない可能性が拓けてきたりするんですよね。そんな運や偶然の重なりを引き寄せるserendipity(セレンディピティ)というものが大切なんじゃないかと思います。

清水 まさしくそうですね。漠然とした像があってそこに向かわれて向かっていくというのは一見簡単そうなんですけれども、その大体「こっちがいいなぁ」みたいなカンみたいなのって「美意識」や「美的センス」みたいなものだと思っているんですね。ちょっと漠然とした表現ですが、「何に憧れるか」とでも言いますか、その「美意識」や「美的センス」って、先ほど申し上げた「身近なヒーロー」から教わる気がするんです。たとえば、その人の何気ない発言に「かっこいいなぁ」とか思ったり、「こうなりたいなぁ」とか思ったりしますよね。その経験の繰り返しが身体に染みついて、「美意識」や「美的センス」になる、といった感じで。「環境」が教育に大きな影響を及ぼすと言いますが、培われるセンスと密接に関係しているから、「生き方」が大事になってくるんじゃないかなと思います。坪田さんの生き方は、とても素敵ですよね。

失敗から一転・フランス留学へ

清水 ところで、大学時代はいかがでしたか。

坪田さん 桜蔭から早稲田大学に行ったのですが、3年生になると学生紛争が始まりました。大学は封鎖されて授業もなく、気がついてみれば、社会へ出る時が来たっていう感じでしょうか。団塊の世代で、小さい時から競争に明け暮れていたせいか、自由な世界への憧れが強かったですね。私の中には就職という選択肢は全くなかったんです。そこで、語学を磨いてどこでも自由に生きていけるようにとフランスへ留学しました。嫌なことだけはハッキリしていたんです。そこから人生が変わっていくんですが。

清水 格好いい!「なんとかなる」という感覚がそうさせたのでしょうか。まさしくケセラセラ。ちなみにどうしてフランスだったんですか?

坪田さん それはね、1年生のときに第二外国語のフランス語を落としたんです。それで、大学の先生に個人教授の相談をすると、女性の大学院生を紹介してくださいました。このことがきっかけでフランス語をきちんと勉強し始めましたら、個人教授がやはり性に合うのか、興味が出てきてフランス語がかなり上達し、専攻まで仏文にしてしまいました。もしもフランス語を落としていなければフランスへは留学はしていなかったですし、世の中ってわからないもんですね。

清水 言い方が悪いかもしれませんが、ある意味で若干落ちこぼれたことがきっかけで今につながったわけですね。そこで大きな成長があったと考えると面白いですね。

組織の大切さ・フランスで学び

清水 ところで、「なんとかなるさ」という姿勢は元々あったものでしょうか?それとも、なんとかなってきた経験が積み重なって「なんとかなるさ」という考えになったんですか?

坪田さん 両方でしょうね。でも、自由気ままに生きてきたなかで、避けてきたことをしたことが大きな転機になったことも実はあるんですよ。大学を出てからはずっとフリーランス一筋でやっていたんですが、パリに住んでいた時に、ひょんなことから、フランスの大きなデザイン会社であるカレ・ノアールで働くことになり、日本のマーケットにデザインを売り込む仕事を任されることになりました。私はそれまで組織では自分が埋没してしまうんではないかと想い込み、組織に背を向けて生きてきていたんですが、個人主義を尊ぶフランスの組織の中で仕事をしているうちに、実際は逆で、「組織で大切なのは個人なんだ」、「個人が輝く組織こそ本物の組織だ」と気付かされ、はっと目が覚める思いをしました。それ以来、嫌だなと思っていることでも、やってみると道が拓けることがあると思っています。

清水 自分のやりたくないことの中に自分が変わるチャンスが隠れているものなのかもしれませんね。

坪田さん いまの学生さんを見ていると失敗や軋轢を恐れて自分を出せない人が多いという気がします。ところが、人と違うということは素晴らしい個性なんです。多様性・diversity(ダイヴァーシティ)こそ、これからのグローバルな時代に求められることです。一番よくないのは、国籍や性別、考え方や経歴が似た人ばかりが集まった組織じゃないでしょうか。真っ先につぶれます。私は30代の後半に組織で生きる「個」の力に気づきましたから、スロースターターでしたが、その後のキャリアが拓けたのではないかと思います。

組織の大切さ・フランスで学び

清水 スロースターターなどとおっしゃってますが、輝かしいご経歴ですよ(笑)

1996日本ロレアル株式会社入社(コーポレート・コミュニケーション部長)
2005取締役副社長 兼 コーポレート・コミュニケーション本部長
2009まで勤務

その後でお茶の水女子大に来られた理由とは何でしたか?

坪田さん 60歳の還暦を機に、「人生を変えたい。自分の経験を若い人に伝えたい」と思い、大学に勤めることを考えていたところに、お茶大からたまたまお話をいただきました。

清水 外資系企業のエグゼクティブから、まさかの高等教育への転身ですね。

坪田さん これもセレンディピティというか、幸福な偶然でしょうね。女子校出身でしたから女子大に違和感もなく、すっと溶け込めました。ところで、私の研究室に溢れかえっているグッズは、何だと思いますか?今、ちょうど、大学で新お茶大グッズを開発していて、そのプロモーションを、学生有志たちと行っている最中なんです。デザインは、カレ・ノアール時代に一緒だった伊藤さんというデザイナーが担当してくれ、シンプルでお洒落な大学グッズができました。しかも、ジョン・ウッドというアメリカ人が創った「Room to Read」(ルーム・トゥ・リード)という国際NGOの活動を支援する寄付つき製品も2点あり、途上国の女の子に教育の機会を提供する長期奨学金として役立ててもらいます。この分野では大学グッズとしては初の試みだと聞いています。

清水 そうですね。おそらく初めてだと思います。

坪田さん プロモーションを担当する学生たちは、「ステキなトートバッグを買って、途上国の女の子達を支援しましょう!」とキャンパスで叫んでいます(笑)

ギブアンドギブの姿勢を忘れないこと

清水 坪田さんにお会いしてからの印象って言うのは、「ギヴアンドテイク」というよりはどちらかというと「ギヴアンドギヴ」という献身的なイメージがあるのですがそれには何か理由がおありなんですか?

坪田さん 常々、「ギヴアンドギヴ」を心がけています。というのは、いろんな方からお世話になって今の社会人としての自分がいますよね。見返りを求めない投資が今なら出来るんです。学生の頃って感謝の念はあってもなかなか返せないですよね。

清水 なるほど!すみません、私も坪田さんに返せていません(笑)

坪田さん 「ギヴアンドテイク」や「win-win」という発想もわかりますが、見返りを求めずに情報や人脈を他人に提供することで出会いが広がる方が何倍も面白い。返ってこないことも勿論ありますけれど、結局は、ギヴアンドギヴな人が伸びてますよね。

清水 大学にいらっしゃって理想の教師像みたいなものはありますか?

坪田さん 学生を引っぱり、かつ経験知を与えられるメンター教師ですね。私にはギヴしかできないけれど、学生の成長そのものがある意味リターンであり、同時にテイクなんです。今回のお茶大グッズのPR活動ひとつをとってみても、学生たちは効果的なコミュニケーションの仕方を自主的に改善したりして、毎日成長していきます。そういう意味では私は沢山のものをもらっているんです。教えるってことはもらうこと、そして学ぶことだと思いませんか。

清水 素晴らしいお考えですね!私もそう思います。毎日のように子どもたちから僕もエネルギーをもらっています。

今の大学教育に思うこと

清水 大学経営へ転身されたわけですけれども、是非とも高等教育に対して、お考えを聴かせてください。

坪田さん 私は、大学生活が4年で終わることに意味があるとは思っていなくて、成長の場という意味では、もっと長くして様々な経験ができてもいいんじゃないかなと思っているんです。必ずしも入り口があって就職活動という出口がある4年の生活というより、2年間ふらっと外国を放浪して勉強に戻って来れるようなシステムにしたりする方がいいんじゃないかしら。コーチングの本間正人先生がおっしゃっているように、「最終学歴」という呼び方をやめて「最新学歴」としてもいいのではないでしょうか。

清水 本間正人先生とは先日、3人(本間・坪田・清水)でお会いしましたね。本間先生は「学習学」を提唱されていますよね。例えば坪田さんは、40歳をすぎてから東京大学大学院に入られて言語情報科学を学ばれたんですね。

坪田さん 44歳で大学院に進学しました。学ぶのに年齢はありません。学校を自由に出たり入ったりしながら、学歴を更新していく。そういう時代になってくるでしょうね。私も、学歴をリニューアルしたことで、ロレアルへの道が拓かれました。フレキシブルなシステムが多様性に富んだ人々を呼び込んで、学びの場に活力が生まれてくると良いですね。

出ない杭を打とう・個性を大事に

清水 これまで坪田さんは個性的な人生を歩まれてきたように思えます。はたから見て「カッコイイ」と思うわけですが、「個性」というものに対しては、どうお考えをお持ちでしょうか。坪田さんはすごく個性的な方ですよね。

坪田さん 若いときにフランスで暮らしたことが影響しているかもしれません。フランスでは、人と違う意見や視点を出すことが尊ばれます。いつも、「私もそう思います」では相手にされません。人と違う、ことはステキなことであって、若い人たちにはそれを個性として伸ばしていって欲しいですね。そして、教育の場でも「出る杭を育てる」、もっと言うと、「出ない杭は打とう」というようになっていくのが理想ですね。

清水 下から叩くんですよね。「出ろ出ろ」と。

坪田さん そうねえ、横からも叩きましょうか(笑)。伸びる方向は真っ直ぐでなくてもいいですね。そうでないと皆が同じになってしまうから。個性的であることで、開けてくる道もあります。また、感謝の気持ちを持っていればさらに道は開けてくると思いますよ。感謝とは、人の立場を思いやることですから、相手の心を動かすことができるんですね。

清水 つまり、根底に感謝さえあれば、周囲の人々の心が動き、思い描いた未来が拓けてくるわけですね。現代の教育学でも似たような話がありまして、流行のキーワードに「ケアリング」というものがあります。アメリカのネル・ノディングズという学者が提唱している言葉ですが、日本語で「ケア」と言ってもイメージが掴みにくい。東京大学教授の佐藤学先生は「心砕き」と解釈されているのですが、僕自身は「感謝」という言葉に置き換えてもいいと考えています。「感謝」が教育を変えるなんて、本当に素敵ですよね。

坪田さん思い出の品
「カレ・ノワールのアルバム」

清水 それでは、ここからは特別コーナーになります。これから教育談義の「恒例」にしたいのですが、坪田さんにとってターニングポイントになった「思い出の品」を持って来て頂いています。このアルバムですね?

坪田さん そうです。昨晩、引き出しの中から探し出しました。(笑)カレ・ノアールを退社するときに仲間から贈られたアルバムです。会社にいたときは、フランス的な個人主義になかなか馴染めず、文化の違いではじめは辛い思いもしましたが、日本に帰る際には、素敵なガーデンパーティを開いてくれたんです。そのときに、苦しかったけれど仲間として認めてもらったのかなと思い、嬉しかったですね。この職場が私のキャリアの原点、ターニングポイントとなりました。

清水 ありがとうございます。どのイラストも大変素敵ですね!坪田さんとお話をしていると、いつも「もっと人生を大きく考えなきゃ!」と思います。「行き当たりバッチリ」の精神で、僕らも大きく羽ばたいていきたいです。本日はお忙しいなか、本当にありがとうございました。

坪田さん こちらこそ、ありがとうございました。

坪田さんの生き方

本日の感想

坪田さんの人生は、まさしく波乱万丈だったかもしれません。しかし、「ケセラセラ」や「行き当たりバッチリ」といった、大きな流れに身を任せる思想が坪田さんの中にはあると感じました。清らかな水の中を、「スーッ」と伸びて泳ぐイメージでしょうか。それでいて、しなやかで美しい。そういう意味で、「清くしなやかに美しく」という言葉を選びました。「あれしなきゃいけない」とか「こういう人生じゃなきゃいけない」とかに縛られずに、もっと直感的に、自由にのびのびと生きていきたいと思います。 そして、感謝の心も忘れずに。自分にそう言い聞かせたいです。

カレ・ノワールのアルバム

坪田さんがフランス滞在時に勤めていた大手デザイン会社カレ・ノアールを退社される前に、ガーデンパーティが開かれました。 その時に、ご同僚からプレゼントとして贈られたアルバムを、今回特別にお借りしてご紹介します。 このアルバムには、日本に帰られる坪田さんに向けて、心をこめて描かれたイラストが数多く収められています。

どれも素敵なイラストばかりです。是非ご覧下さい。

10月22日 御茶ノ水女子大学にて

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